それは、残業と飲み会で疲れ果てた、金曜日の深夜のことでした。千鳥足でなんとか自宅マンションのエントランスを抜け、自室のドアの前にたどり着いた私は、いつものようにポケットに手を入れて、鍵を探しました。しかし、そこにあるはずの冷たい金属の感触がありません。酔いも手伝って、最初は事の重大さに気づけませんでした。カバンの底を漁り、スーツの内ポケットを探り、ズボンのポケットを裏返しにするうちに、私の額にはじっとりと冷たい汗が浮かび始めました。鍵が、ない。その事実が、酔って朦朧としていた私の意識を、一瞬で覚醒させました。時刻はすでに午前一時を回っています。同居している家族はおらず、この時間に助けを求められる友人もいません。管理会社はもちろん営業時間外。私の頭の中は真っ白になり、ただ「どうしよう」という言葉だけが虚しく響いていました。スマートフォンで震える指で「鍵 紛失 深夜」と検索すると、無数の鍵業者の広告が目に飛び込んできました。藁にもすがる思いで、一番上に表示された「24時間スピード対応」を謳う業者に電話をかけました。電話口の男性は、眠そうな声で対応し、おおよその料金も教えてくれましたが、その金額は私の予想をはるかに超えるものでした。しかし、他に選択肢はありません。私は承諾し、その場で待つことにしました。冷たい廊下で、スマートフォンのバッテリー残量を気にしながら待つ時間は、永遠のように長く感じられました。自分の不注意を呪い、心細さと寒さで、涙が出そうになりました。一時間ほどして到着した作業員は、手際よく身分証を確認すると、特殊な工具を使って作業を始めました。そして、わずか数分後。ガチャリ、という音と共に、あれほど絶望的に思えた扉が、あっけなく開いたのです。その瞬間の安堵感は、今でも忘れられません。しかし、その場で支払った高額な出張費と深夜料金は、私の財布と心に大きなダメージを残しました。この苦い経験は、たった一つの鍵がいかに私の生活の基盤であったか、そしてそれを失うことの代償がいかに大きいかを、骨身に染みて教えてくれる強烈な教訓となったのです。
鍵をなくして家に入れない私が体験した一夜